さりがたき餞②

 かくして会社を辞めて関東を離れるにあたり、自分は頻繁に通うこともなくなるであろう2つの施設へ御礼の挨拶に伺った。

 ひとつは、かれこれ4年間毎月のように通っていた2駅隣のヘアサロン。
 美容師歴20年超、青山・表参道の有名店出身のスタイリストで、毎週ジムで体を鍛えているために筋骨隆々なヘアサロンの代表は、別れを惜しみつつも、最後まで華麗なテクニックで自分の見てくれを整えてくれた。
 そのがっしりとした体格とは裏腹にハサミ使いは細やか、加えて、代表のマスク越しの声はいつも謙虚すぎる音量であるため実は所々聴きとれない瞬間もあったりするのだが、今更それに言及するのは野暮ってものだ。
 
 今後は旅の先々で髪を切ってもらうことになる予定だと伝えると、
「それでは他の美容師さんもカットやすいようにしておきましょう」
 代表は、おそらく美容師にしかわからない配慮を自分の頭に施してくれた。
 そして退店間際、代表はバックヤードをがさごそと漁って戻ってくるなり、
「こんなものでも役に立つなら持って行ってください」
 ヘアサロンに提供されたという試供品の化粧水ふき取りシートを、旅の足しになればと気前よく持たせてくれた。メンズ用で申し訳ないなんてとんでもない。有難く頂戴した。

 訪問先のもうひとつは、3年前にスーパーカブの購入相談から納車までお世話になり、その後も定期点検などで懇意にしていたバイク店のホンダドリームである。

 店舗でバイクを購入した場合においては、納車時は、店から家まで自ら運転してバイクを持ち帰るのが通例である。つまり今しがた受け取ったバイクに乗って帰るのだ。初乗りにしてそのまま公道デビューを迎えるこの瞬間を、戦々恐々たる心境で迎える初心者ライダーは多い。そしてこの時に立ちゴケやエンストをやらかしてしまう苦い経験もよく聞く。
 さて、自分はと言えば、これは本当に店舗の御厚意なのだが(あるいは自分が相当危なっかしく見えた可能性もある)、なんと店から家までの帰路を店長に同行いただいている。
 自分の家までの距離はおよそ15km。試乗車の赤いハンターカブで店長が先導してくれるのに、自分はえっちらおっちらついて帰ったのである。店長が、信号待ちのタイミングで何度も声を掛けてくれたことはまだ鮮明に覚えている。何度思い返しても、あの人生初ツーリングで受けた親切には頭が上がらない。

 そんなホンダドリームの店長に旅立ちを伝えると、店長はどこか感慨深そうにして、バイク屋ならではの大切なアドバイスをいくつも与えてくれた。
 オイル交換とタイヤ交換の時期、走行計画を立てる際の注意、道路凍結情報を確認するのに有用なWebサイトの使い方。店長は安全第一をしっかり念押ししながらも、全国各地のイチオシスポットやロングツーリングを楽しむ常連客の話を交えて、旅の期待を高めてくれた。

 それから店長は、全国に61店舗存在するホンダドリームについて、
「新規の店舗を除けば大方繋がりがあるから、これ、お守り代わりになれば」
 店長の名前が印字された名刺を1枚さっと手渡してくれた。
(何かあったら俺の名前を持ち出していい)ということだ。
 なんて粋なんだろう。頼れる大人の格好良さに痺れてしまう。
 自分は、どうか悪い方面で店長の名前を出すことのないよう静かに自戒しながら、両手で名刺を受け取って常連店へ別れを告げた。店長は店の外まで出て、旅仕様に誂えた自分のカブを確認すると、自分とカブのシルエットが見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

・・・

 仕事を納めてから旅へ出発するまでの、実家暮らしの空白期間。
 無職ゆえ時間は無限にあるはずなのに、住所変更のほか年金・保険といった社会保障関係の雑事も山のようにあり、三月二十七日までの準備時間は瞬く間に過ぎていった。

 そんななか、ある日、会社勤めの妹が小さなホールケーキを買ってきてくれた。
 誰の誕生日でもなければお目出度いことなど何ひとつない平日の夜、無鉄砲に勤続歴と安定した収入を手放したどうしようもない姉に対して、

「『いってらっしゃい』と書いてください」
とケーキ屋の店員に告げた妹の姿を想像し、得も言われぬ愛おしさがこみ上げる。

 何かしらの決心をして飛び出そうとしている姉に何か餞別を贈ろうと考えた彼女は、当然、自分が旅の荷物を最小限にしたいと常々呟いていたのも知っていただろう。段ボール2箱分の私物を見てプレゼントに悩んだだろう。そんな葛藤が容易に伺えた。
 食べたら消えても胸には残る贈り物。つやつやとした紙製のメッセージプレートはよく拭いて手帳に挟んだ。
 そういえば、ホールケーキを家族で分けて食べるなんてもう何年振りかわからない。会社員時代はGWやお盆さえほとんど帰省せず、家族の誕生日や記念日にも電話しかしてこなかったから、ケーキのロウソクの火を吹き消した後に残るふわりと甘い煙の匂いが、なぜだか妙に懐かしかった。

・・・

……只身すがらにと出立侍を、
帋子一衣は夜の防ぎ、
ゆかた・雨具・墨・筆のたぐひ、
あるはさりがたき餞などしたるは、
さすがに打捨がたくて、路次の煩となれるこそわりなけれ。

……体一つで身軽な旅をしようとしたのだが、渋紙製の着物(紙子)は夜の防寒用だし、浴衣・雨具・隅・筆のたぐい、あるいは義理のある人からの餞別など、どうしても捨てるわけにはいかず、徒歩の旅にはやっかいなのだが、どうしようもないとあきらめた。
(角川書店編『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 おくのほそ道(全)』より)

『おくの細道』の旅の初日、松尾芭蕉は通過した草加(埼玉県)の宿場でこのように語っている。

 これは旅人の鉄則だが、旅の荷物は必要十分な量を携行すべきであり、多すぎるのも少なすぎるのもよろしくない。しかし大抵の場合、備えあれば憂いなしといった気持ちが働くからか、荷物は多くなり、多ければ重くなる。とりわけ徒歩の旅では、重荷は体力を奪うため荷物は極力減らしたいところだが、それでもどうしても捨てられないものもある。その代表格が生活用品や仕事道具の類、そして「さりがたき餞」だ。

 わりなし=どうしようもない/仕方がない。
 ああ旅の荷物が重すぎる、とはいえ全部大事なものだししょうがないよなあ。
 自身の旅の携行品を仔細に説明しながらそんな感情を交ぜこんだこの一文が、自分は結構好きである。これ以上減らせない荷物への嘆息がひしひし伝わってくる傍ら、そこに嫌気だけではないやわらかい人間味を感じるからだ。
「人からもらった餞別は捨てづらい」と示すことで、筆者の人の好さを醸し出している表現の妙は言うまでもない。だけど自分は、「さりがたき餞」こそが旅人を励ます必需品であり、ゆえに絶対に捨てられないものとして文中に列挙されているように思う。
 
 旅を応援してくれる言葉の数々に、交通安全のお守りに、何かないかと急ぎかき集めた試供品に、バイクショップの店長の名刺に、ケーキのメッセージプレートに。
 少なくとも自分は――嵩張るそれらを目にするたびに、旅立つ勇気をもらっている。
 やがて訪れる彌生も末の七日。
 松尾芭蕉もそうだったのではないかと、彼に続く旅人の端くれとして一歩目を踏み出した自分は、確かな実感を伴って思いを馳せ家を出た。