秩父市荒川上田野の清雲寺境内には樹齢600年を超えるしだれ桜があり、2024年4月3日の今、まさに見頃を迎えているという。市内のいたるところに掲示されているポスターに心を奪われ、「ぜひ立ち寄りたいものだ」と手帳にメモしたものの、空は生憎の雨模様。周辺地域の降水確率は終日90%以上とのことであった。
もとより雨中のツーリングは避けたいところである。くわえて、その日は国道140号線をひた走り奥秩父のゲストハウスを再訪する予定であった。走行ルートは秩父往還と呼ばれる山道で、所謂ワイディングロードだ。自分は薄暗い空にため息を吐きながらレインウェアに袖を通し、道中の安全と体力温存を優先するため、泣く泣くしだれ桜を断念した。
市内のホステルをチェックアウトし、秩父鉄道の線路沿いに西走していると、間もなく雨が降り出した。ぽつりぽつりと斑に濡れていく路面に気が弱る。
小降りとはいえ春の雨はまだ冷たく、また、時速10kmを加速する毎に体感温度が1度下がるといわれるバイクのシートの上(これはつまり、時速60kmでバイクを繰るライダーの体感温度はおよそ外気温の-6度になるということだ)。はっきり言って寒い。自分は早々に抵抗を諦め、秩父鉄道終点の三峰口駅直前でハンドルを切って「道の駅 両神温泉薬師の湯」へ向かった。
オートバイによる町おこしに取り組んでいることで有名な小鹿野町にある「道の駅 両神温泉薬師の湯」には、噂に違わず屋根付きの二輪駐車スペースが用意されていたが、やはり雨のためか、自分の他にバイクの姿はなかった。
先日町銭湯を満喫したばかりだというのに、もう次の外風呂である。貯金を削っての節約旅なのに節約する気があるのかないのか。しかし寒さ暑さを我慢して体調を崩し、病院にかかることがあっては本末転倒。そんな現金な言い訳のもと、「いざ温泉」と逸る気持ちのまま脱いだレインウェアの露を払っていると、すぐ傍を人影が通りかかった。
「〇〇〇(ナンバープレートの地名)って、お姉さん一体どこから来たの?」
タバコの箱を片手に、二輪駐車スペースを突っ切って喫煙所へ向かっていた女性がひとり、自分のカブのナンバーを見て声を掛けてくれた。〇〇〇は愛知県の端っこ、先月住民票を戻したばかりの小さな町の名前で知名度はほぼ0だ。諸々の理由により自分は『日本一周中』の看板を掲げないが、リアキャリアの大きなトランクとナンバープレートの辺鄙な地名は、自分が異邦人であることを意図せずとも如実に示していた。
わかばかCAMELかアメリカンスピリットか。女性は、黄緑色のパッケージをポケットにしまって立ち止まると、いくつかの質問と彼女自身の話をしてくれた。
彼女は荒川地区に住む会社員で、その日は気功マッサージを受けるために仕事を半休にしてきたのだという。その昔は(20年程前だという)ホンダのDioに乗っていて、しばしば横浜まで走ってはフェリーを利用して千葉県に渡り、房総半島をツーリングしていたらしい。
それから女性はふと思い立ったように「清雲寺のしだれ桜は見た?」と問いかけてきた。
雨空に苦笑しながら口惜しくも断念したことを伝えると、
「写真あるよ。ちょっと待ってて」
女性は雨のなか駐車場へと踵を返し、少しの後にスマホを携えて戻ってきた。
「清雲寺のしだれ桜、昨日ちょうどライトアップしてたのよ。夜間拝観の日じゃないんだけどね、来年度のポスター撮影のために秘密裏にライトアップする日があるの。私なんかすぐそばに住んでいるものだから、毎年そのおこぼれに預かっているの」
女性がスワイプする指先に、ライトアップされたしだれ桜が幻想的に浮かび上がる。闇に浮かんだ淡い白。夜を彩る桜の古木。今が盛りと垂れた枝が、花降らすように境内を覆う。スマホの写真の数枚には、宣材用のアイテムであろうそれらしい唐傘まで添えてあった。
期せずしてしだれ桜を鑑賞できたお礼を伝えると、
「あと、これあげる」
女性はおやつにするために買ったという苺のパックを、カブのトランクにぽんと置いた。半分以上食べちゃったから残りで悪いのだけど、と彼女は笑ったが、パックには大粒の苺が8粒整然と並んでいる。おそらくスマホを車内に取りに戻った時に持ってきたのだろう。彼女はこの見ず知らずの旅人にはなから何かくれてやるつもりだったのか、最後には半ば押し付けるようにして颯爽と喫煙所に消えていった。
自分は頂戴した苺をそっとバックパックに入れて、温泉に向かった。道中感じていた雨の寒さはいつしかすっかり和らいでいた。
温泉を出ても雨は降り続いていたが、トランクに見慣れないメモ用紙が挟んであった。
素性も知らぬ遠方からの旅人に、自らのおやつをぽんと差し出してしまえる人。
半休どころか人生の休暇をとって放浪している人間に、温かい言葉を残してくれる人。
彼女の名前はわからない。明確なのは、手紙の彼女が先程苺をくれた『いちごのおばさん』と同一人物であることと、自分の旅の安全を祈ってくれたこと。
旅の途中で出会う親切な人たち。
名前さえも知らず、顔や声だっていずれ記憶から失われてしまう束の間の交流。今の自分だけが覚えている刹那の邂逅。自分はこの先、こんな出会いと別れをいくつ繰り返していくのだろう。
どうか忘れないように、ここに記しておこうと思う。
・・・
テレビ東京系列で放送されたドラマ『日本ボロ宿紀行』のほか、過去に多くのメディアで取り上げられている奥秩父のゲストハウスへは2年前の夏に一度訪れており、此度はリピートである。当時は偶然にも地域の納涼会に参加させていただくこととなり、そこでしこたま飲酒し、なぜか乾杯の音頭を取ったりした(参加者が皆酔いどれでなぜか乾杯の音頭を複数回やった)のをうっすらと記憶している。
そしてこの日、雨降りやまぬ春の晩。
共有スペースの炬燵を囲んだのは、ゲストハウスのオーナー、能登半島の七尾で日本酒の仕込みを仕事にしている青年、国や政府の開発事業に際して環境影響調査を生業にしているおじさま方。
彼らがお酒とおつまみを卓上に並べていくので、自分は、バックパックから苺のパックを取り出して酒宴の末席に加えてみた。
「道の駅で出会った親切な女性からいただいたんです」と申し添えて。