「瀞」とは、川の水が深く流れがきわめて静かなところを指す。
長瀞の緩やかな川面は泰然として波立たず、しかし濁ることも滞ることもなく、青く清いまま流れ続ける。
秩父山地と関東平野を隔てる長瀞渓谷。荒川の流れが作り出した4kmに及ぶその峡谷には、約8500万年~約6600万年前にプレートとともに地下深く引き摺り込まれてできた結晶片岩が分布しており、一帯ではさまざまな岩石を観察できる。
長瀞は「地球の窓」と呼ばれ多くの地質学者が巡検に訪れているほか、古くから景勝地として知られており、とりわけ岩の畳を敷き詰めたような岩石段丘の「岩畳」や、直線的な崖に断層を晒した「秩父赤壁」が有名である。船頭さんのガイドを聞きながら四季折々の自然を鑑賞できる荒川ライン下りも観光客に人気だ。
平日でありながら多くの人で賑わう岩畳に腰を下ろせば、つくづくと粋な模様の岩肌が目を楽しませてくれる。縞模様の虎岩。石墨片岩に紅簾石片岩。空に風はないものの雲が立ち込め、直射日光を免れたために休息地として絶好のスポットとなった硬い畳の上では、老若男女がまったりと談笑していた。
足元の川面は油のようにしんと静まり、一方で、岩の割れ目に群生したユキヤナギが波飛沫を演じるかのように春の訪れに揺れていた。スマホアプリの天気予報によれば、明朝は花に嵐の雨だという。荒川岸を彩る桜も明日の大雨で皆散ってしまうだろう。
その日の宿泊地は、親子三代に渡って蕎麦処を営むご家族がやっている民宿だった。
長瀞渓谷でのんびりとし過ぎたために、民宿に着いた頃には小雨が降り始めていた。
頭にバンダナを巻いた三代目のご主人は、自分とカブを見るなり雨に備えて小さなビニールシートを用意してくれた(ちなみに自分のカブはトランクの上にLIBZAKIのレインカバーを積んでいる)。
ただでさえ細やかな親切に頭が上がらないのに、
「バイクで来る人に何を用意したらいいのかわからなくて申し訳ない」
と三代目が話す。それも至極もっともな話で、その蕎麦処兼民宿は、学生のゼミ合宿や企業研修で使用できるほどの大部屋や武道場・BBQ場を備えており、たったひとり素泊まりで滞在させてもらう自分の方がよっぽど申し訳ないのであった。自分は、翌日のチェックアウト後に店に戻ってお昼の営業時間に蕎麦をいただくことを秘かに心に決め、窓を叩く雨音を聞きながらイグサの畳の上で眠りについた。
翌日、チェックアウト時刻の10時になって民宿の硝子戸を開けると、外は豪雨と呼んで差し支えない荒天だった。
バイクの大敵である雨、観光客を遠ざける雨。こればかりは誰のせいでもないと知りつつも落胆のため息が漏れる。雨雲レーダーで13時には雨雲が通過することを確認し、レインコートを羽織ってカブの荷台にトランクを固定していると、悪天候を心配した三代目ご夫婦がしばらく店で雨宿りしていくようにと屋根を貸してくれた。
重ね重ねのお礼を伝え、蕎麦処で温かいお茶をいただく。
開店準備で忙しい店内から窓の外を眺めていたら見知らぬお父さんに声を掛けられた。
「遠路はるばるせっかく長瀞に来てくれたのに、雨で観光できなくては残念だ。もしよかったらバスでこの辺りを案内するよ」
声を掛けてくれたのは三代目のお父さん、つまり蕎麦処兼民宿の二代目で、彼は雨に足止めを食らっている不憫な旅人を見かねて粋な提案をしてくれたのである。
予期せぬお声掛けに二つ返事で頷くと、二代目は旅館の送迎で使用するマイクロバスを店の玄関口につけてバスの助手席に乗せてくれた。雨でなければ決してあり得なかったありがたいご縁と気遣いに終始感謝と驚きが尽きず、素直にそう伝えると、二代目は穏やかな表情でゆっくりとバスのエンジンをかけた。
雨粒滴る満開の桜並木を、自分のためだけの貸切バスが走る。
長瀞を知り尽くした二代目がガイドしてくれる上長瀞駅、長瀞駅、宝登山神社。荒川沿いの旧道に、花崗岩とレンガ積みの親鼻橋梁。「地元のいい所は一度その土地を離れたことのある人でないと知らないものだ」と話す二代目も、かつては鉄道で日本各地を行脚した旅人であった。
二代目が若い頃に訪れた日本の美しい場所。舌鼓を打った食べ物。悲喜こもごもの旅の思い出。
仙台で偶然目にした素晴らしい結婚式に感化され、結婚しようと思い立ったこと。高校卒業時に「この先良い人が現れなかったら自分と結婚してほしい」と告白した女性が、その時まで独身でいてくれた幸運。当時憧れていたケーキ入刀は両親の反対で叶わず、五献も行った式では「つるつるかめかめの儀」でうどんを食すことになった苦い記憶。
列車旅の最中に不幸にも両目に虫が入って一日中苦しんだ経験を持つ二代目は、
「旅は、焦って前に進む必要はないんだよ。時にはちょっと立ち止まったり、来た道を戻ったりしたっていいんだから」
そして、今は体調の関係で多くを三代目に任せて休養していると告げ、
「無理しないことが長く続けるコツかな。これから楽しい思い出がたくさんできるといいね」と若輩者の旅人に笑ってくれた。
予期せぬ最高の長瀞観光を果たした自分が蕎麦処に帰ってくる頃には、雨は小降りになっていた。
二代目と自分が店に戻ってきたことに気づいた三代目が、厨房から出てきて「父が連れ回して申し訳ない」なんて頭を下げる。とんでもない、長瀞ガイドも二代目のお話も心の底から楽しかったと繰り返し感謝する。日本のあちこちを巡る旅――自分もそんな経験ができたならと話す三代目に、ひとところで家業を継ぎ生活する尊さを誇るべきだとそっと想う。
満を持して食事の席に着き、一番人気メニューの天ぷら蕎麦を注文する。
天ぷらはさくさく。蕎麦も喉越しがよく美味。その味や様式はおそらく代替わりのたびに少しずつ変わっているのだろうが、先代の蕎麦処と民宿は今日まで守られ存続している。地元の方々と観光客の双方から長く愛されていることが、次々店を訪れる客層からも伺える。
蕎麦猪口に注いだ蕎麦湯は、とろりとして長瀞の川面に似ていた。
はたからは止まっているように見えても、その深みでは確かに流動している。
コロナ禍などの世相に翻弄されながらも、無理し過ぎずに変化し続けている。
長瀞にある心優しいご家族が営む蕎麦処兼民宿も、濁ることも滞ることもなく、清いまま歴史を紡ぎ続けている。