上毛三山走行録①

 赤城山、榛名山、妙義山。
 上毛野国(かみつけぬくに=群馬県)を代表する三つの山を上毛三山と呼ぶ。
 これまで綴った旅の記録はそのほとんどがバイクを下車しての物見遊山と交流記であったが、そもそも自分の旅は110ccのスーパーカブで下道を行くバイク旅である。飛行機も鉄道も使わず、自分でルートを決め自分で運転して進む道程。寄り道だらけで亀の歩みではあるものの、後方に轍を残すツーリング旅だ。曲がりなりにもライダーだ。
 
 ということで、今回はいつもと趣向を変えて、上毛三山をカブで走った所感を綴っていこうと思う。眺望と路面、坂にカーブに回り道。三山それぞれ違った面白さがある。

《妙義山(みょうぎさん)》
 群馬西部エリア、甘楽郡下仁田町・富岡市・安中市の境界に位置する名峰で、日本三奇勝の一つとされる山である。
 上毛三山走行の1日目は気候良好。風もない。妙義山においては頂上に至る自動車道は存在しないため、麓の妙義神社を目指して、富岡市から群馬県道47号を北西に走る。一ノ宮妙義線と呼ばれるこの道は平日は交通量も控え目で、直線的かつ道幅も広い快走路だ。
 上信越自動車道に並走するように北上すれば、やがて正面に岩壁のような山容が見えてくる。山と言って連想するおにぎり型には程遠い形。かの芥川龍之介は「一塊の根生姜」に例えたというゴロゴロ感。威圧感のある峨々たる山の姿は、見えてくる、というより立ちはだかる、という表現が相応しいかもしれない。

 関東平野側から臨む三つの山は、写真左から金鶏山(856m)、金洞山(1,094m)、白雲山(1,104m)。
 この三つの山が通称・表妙義、その裏側にあたるエリアは裏妙義と呼ばれ、これらすべてを含めた山塊の総称がいわゆる妙義山である。

 妙義山線の突き当たりで道を折れると、妙義神社一の鳥居にほど近いところに、道の駅、ビジターセンター、日帰り温泉といった溜まり場が存在する。
 道の駅では自分と同じバイク乗りや、鍛え上げた痩身の自転車乗り、石門に挑む登山客などが思い思いにくつろいでいた。道の駅において標高はすでに400mを超えているため、関東平野を一望する景観が清々しい。ライブ配信でも行なっているのか、とある青年がスマホのカメラを眼下の絶景へ固定し、ベンチを占有してひとり語りを続けている。皆に遠巻きにされているのに気づかないくらい夢中であるようだった。

 妙義神社は主峰白雲山の中腹にあり、江戸時代から当時そのままの姿を残す165段の石段を登ったその先で、関東平野を見下ろしている。
 黒漆塗りの豪華絢爛な社殿には、板壁、欄間、柱頭などあらゆるところに繊細な彫刻が施されており、その彫刻が示す物語を眺めているだけで飽きない。これらの煌びやかな装飾は日光東照宮の彫刻師の手によるものともいわれている。
 
 鉄風鈴の澄んだ音色に包まれながら参道を降りれば、参道のちょうど半ば、鉄鳥居の傍に旧御本社の「波己曽社」が鎮座している。曰く、妙義山は鎌倉時代まで波己曽山と呼ばれており、波己曽(はこそ)=「岩こそ(いはこそ)」、妙義山の荒々しい山容に対しては昔の人も「こりゃ山というより岩だ」なんて考えていたようだ。
 カブで来た道を引き返しながら、やっぱりそう思うよね、と時代を超えて共感する。
 今はもう背後にある白雲山の中腹から自分とカブを見下ろしている白い「大」の文字は、妙義大権現の「大」とも大日如来の「大」ともいわれる遥拝の目印。振り返って目を凝らせば、巨岩に登るクライマーもしくは修験者や天狗の影が見えた。

《赤城山(あかぎやま)》
 群馬中央エリアに位置する県のシンボル的な山である。
 富士山に次いで長いといわれる裾野を持つ赤城山は、妙義山同様に複数の山からなる峰々の総称であり、大沼小沼といったカルデラ湖を含む複成火山である。
 
 上毛三山走行の2日目は前橋市からスタート。
 群馬県道16号を北上して赤城山に登り、山頂湖畔の赤城神社を参拝して、県道4号で下山するルートに決めた。お天気アプリによれば一時俄雨の予報。山から吹く空っ風はひやりと冷たいものの、このくらいでは自分もカブも足踏みしない。満タン給油して峠に挑む。
 100近いカーブの狭路を何とか運転し、苦手なシフトダウンをしながら急勾配を登る。自分に至っては景色を楽しむ余裕こそないが、白樺の影が路面に描く縞模様、その上を風に煽られた落葉が駆けっこをするように滑っていく様子はどこか小気味よかった。
 路面は綺麗に整備されていて走りやすい――が、やがて気づく。
 行き交う自動車が皆、どこか旧式もしくは若干派手なのである。
 早々に道の先を譲れば、幾台もの車が追い抜きざまにサンキューハザードを返してくれる。が、とにかく速い。運転が荒い。ヘアピンカーブを果敢に攻めまくる。少し面食らってみるものの理由は明白で、赤城の山道は、走り屋をテーマにした漫画『頭文字D』の舞台のひとつなのだった(漫画の聖地は一般的に後述する伊香保であるが、多くのドライバーにとって赤城山は走り応えがあるようだ)。

 さて、古くから山岳信仰の対象であった赤城山は、中世に仏教の地獄思想がもたらされて以降、死者の魂を鎮める山として考えられるようになった山である。

 なかでも赤城山の地蔵岳は死者の魂が帰る山と考えられ、かつては、その年に亡くなった者がある山麓の家族は、旧暦の四月八日に地蔵岳に登っては山頂で死者の名を呼んだらしい。すると空のどこかに死者の面影が浮かぶということで、こうした「魂呼び」の登拝は第二次世界大戦後まで続けられたという。赤城山が死者に会える山といわれる由縁である。

 山頂に着くなり赤城公園ビジターセンターにカブを停め、その肌寒さに思わず身を縮こめる。主峰の黒檜山(1,828m)には及ばないが、ビジターセンターにおいても標高は1,364mあり、駐車場の隅には除雪された雪塊が溶けずに残っていた。
 にわかに降り出した通り雨をビジターセンターの軒下でやり過ごし、所沢からドライブしてきたという会社役員の男性と短い会話を交わす。彼は勤続40年功労の特別休暇の真っ最中で、群馬の温泉地を巡っているところだと話した。
 男性に、自分の今後の走行予定を話してみると、
「標高1,400m超の山にはまだ雪が残っているんじゃないかな」
 と言うのだから驚きである。詳しく聞けば、県境部や山間部ではまだ冬季閉鎖中の道路もあるそうだ。四月中旬、麓では桜が散っているのに高山の春はこれからなのだ。 

 山頂の大沼湖畔で、上州の侠客・国定忠治の名を冠する温かいうどんを啜った後、対岸に鎮座する赤城神社へ少しだけ移動する。
 赤城姫(赤城大明神)を祀る赤城神社は、女性の願いは必ず叶えてくれるという何とも依怙贔屓なスポットである。比較的新しい感じのする朱色の社殿は湖を向いているため、参道もなければ観光地的な土産物屋もないが、静かな湖畔の霊験あらたかな境内には参拝者が絶えず訪れていた。
 室町時代に編纂された『神道集』に語られる姫君たちのハードな生い立ちに同情しつつも、二礼二拍手一礼、自分のためにしっかり交通安全祈願をして下山する。
 ――走り屋を魅了する赤城の道をどうか安全に走行できますように、と。

>②へ続く