上毛三山走行録②

《榛名山(はるなさん)》
 群馬中央エリア、利根川を挟んで赤城山と向かい合っている活火山である。
 二山の前例に漏れず山名は総称であり、中央火口丘である榛名富士とカルデラ湖の榛名湖を中心に、最高峰の掃部ヶ岳(1,449m)や天目山、相馬山などの外輪山で構成された一帯を榛名山と称す。

 上毛三山走行最終日は、その名の通り榛名山の東に位置する榛東村の民宿から出発した。
 ルートは前橋伊香保線と呼ばれる群馬県道15号を北上し、県道33号に合流したら南西に伸びる道なりに榛名山山頂へ向かい、そのまま南西へと下山する道のりである。上りの中腹で伊香保温泉に浸かり、下りの中腹で榛名神社を参拝する欲張りコースだ。
 
 日本の名湯と名高い伊香保温泉は、万葉集に登場するくらいに長い歴史をもつ温泉地である。湯治客を魅了する泉質には、硫酸塩泉の「黄金の湯」と無色透明な「白銀の湯」の二つがあり、刺激が少なく肌に優しい伊香保温泉は子宝の湯とも呼ばれている。
 また365段の石段は伊香保温泉のシンボルとして知られ、石段街には茶色の温泉饅頭(伊香保が温泉饅頭発祥の地という説もある)を売る店舗、お食事処に土産物屋、昔懐かしい射的や輪投げの遊技場が軒を連ねる。
 伊香保を愛した文豪・徳富蘆花の記念館を訪問し、日帰り浴場で体を温めて温泉街を後にすれば、カブを預けていた市営駐車場の管理員のおじさまが粋なお目溢しをしてくれた。
「あなたのバイク、ナンバープレートの地名が気になってさっきスマホで調べちゃったよ。随分遠くから伊香保に来てくれたから、今回の駐車料金の延長分は――」

『頭文字D』の聖地である伊香保の峠道はヘアピンの連続。
 それでありながら、ふとした瞬間に長い直線路に変わるためつい右手を捻ってスピードを上げてしまう。視界のみならず頬に当たる風も気持ちいい爽快な道。ただ欠点としてやや距離が短く、意気揚々と走っているうちに程なく山頂に到着した。

 山頂の榛名湖はなみなみと水を湛え、麗らかな空の青と、美しい円錐形の榛名富士を映していた。榛名湖の外周は約5.4km。竹久夢二の歌碑の立つ湖畔はランニングやサイクリングならまだしも、カブではあっという間に走り終えてしまった。
 赤城山と同様に桜もツツジも見頃は遠く、路肩にまだ除雪車が居座る山頂をぐるりと堪能したら榛名神社に向かって山を下る。夏になれば打ち上げ花火が夜空を彩り、冬になれば凍った湖面にまでイルミネーションが施される榛名湖は、来たる集客の季節に備えてゆったりと凪ぎながら去る者を見送ってくれた。

 等しく上毛三山の名をとる妙義神社・赤城神社と比べて、最も情緒溢れる門前町を残すのが榛名神社である。
 広大な境内を持つ榛名神社は門前に社家町があり、江戸時代に広まった榛名信仰、いわゆる榛名「講」のための宿坊が急坂に点在している(宿坊は最盛期には100軒近くあったとされるが、現在は10軒程度まで減少し、大半はその看板を残すのみである)。
 榛名川のせせらぎを聞きながら鬱蒼とした参道を進めばやがて現れる随身門、巨岩奇岩をくぐった先にある樹齢600年の矢立杉、神楽殿に本殿など、境内の多くは国の指定重要文化財に指定されており、歴史の長さに比例する年月の迫力が感じられた。

 火の神である「火産霊神」と土の神である「埴山毘売神」を主祭神とする榛名神社の御神体は、御姿岩と呼ばれる奇岩の洞窟内に祀られているため、本社・幣殿・拝殿は御姿岩の前面にぴったりと接して建てられている。
 ……のだが、この一風変わった建造物は、2025年12月まで保存修理工事中であった。
 そのため、本来そこにあるべき御本殿の写真が印刷された足場幕に沿うように、特別な迂回ルートを通って参拝する。これを残念と捉えるか、榛名神社の長い歴史のなかで見れば貴重な機会と捉えるかは人それぞれだが、個人的にはこういうのも悪くないと思っている。

 常時リアブレーキをかけながら急勾配の峠道を滑り下り、榛名山麓の倉渕町に到着すれば、桜も終わるのどかな田舎道にいくつもの道祖神が佇んでいた。
 塞の神(さいのかみ/さえのかみ)ともいう道祖神は、村境や道の辻で悪霊や病気が村へ侵入するのを防ぐ路傍の神であり、また塞(さい)→妻(さい)に転じて良縁や子孫繁栄の神であり、近世では旅人の安全を守る交通安全の神でもある。
 倉渕は、77箇所・114体の道祖神が分布している街道の里。
 上毛三山ツーリングの終わりに、長い旅路を辿ってきた自分とカブを労うように迎えてくれた路傍の小さな石像がなんだか無性に愛おしかった。

・・・

《その他の群馬ツーリング忘備録》

・ぐんまメロディーライン
 道路に小さな溝を作ることで、その上を一定の速度(制限速度)で走った際にメロディーが聞こえる仕組みになっている道路のこと。群馬県内には10箇所ある。バイクでも辛うじて聴きとれるとの噂だったがカブでは全く聞こえなかった。仕方がないので走行時は対象の曲を自ら歌うことにしている。

・NTTマンホールの看板
 時折路肩に見られる、謎の図形の下に「NTT」の文字が書かれた小さな看板。図形から延びる矢印はNTTの地下電話ケーブルのマンホールがある位置を指している。マンホールやジョイントを親の仇のごとく憎むライダーの救世主だが、もしかするとあれは積雪時のための標識なのかもしれない。

・道の写真がないことについて
 車載動画を撮影する機材がないため、自分の写真フォルダにツーリング中の走行風景はない。クランプバーにスマホホルダーを取り付けてはいるものの、スマホは基本的にマップの確認用としているので、走行中の景色を共有することはできない。そもそもこの身が切る風の温度と匂い、雨が近いときの空気の湿った感じ、胸に当たった桜の花弁の確かな重さをどうやって写真で表せようか。

 惜しむらくは……

 前橋市内を走っていたある日、信号のない横断歩道で幼稚園児のお散歩隊列のために一時停止をした。パステルカラーの帽子を被った園児たちは総勢10名もいなかった。3名の保育士さんは繰り返し頭を下げながら(道交法ではこちらが停止して然るべきだ)、細心の注意をもって園児たちを渡らせた。
 そのとき、穴が開くかと思うくらいこちらを凝視していた女の子が、ぽてっという擬音語が聞こえてくるほどにコミカルに転倒した。彼女は転んでも涙ひとつ浮かべず、なおじっとこちらを見ていた。自分の何がそんなに彼女の興味を引いたのかはわからない。
 女の子は慌てて駆け寄った保育士さんに手を引かれ、横断歩道を渡り切った。
 あの愛らしい転がり方を文字で伝えるのは難しく……少しだけ、録画機能があったらなどと羨んでしまった。