大型連休に乗じて老若男女が一斉に行楽に出掛けるGWは、観光地や宿泊施設にとっては稼ぎ時だが、平日休日関係なく常に移動を続ける旅人にとっては苦渋の期間である。
宿の予約も難しければ、宿泊料も高い。行く先々の混雑度合も平時とはまるで違う。
これは一体どうしたものかと頭を抱えていたところ、ふとした拍子に「リゾバ」という選択肢が浮かんだ。
リゾートバイト、いわゆる「リゾバ」。
日本各地の観光地にあるホテルや旅館、テーマパークやスキー場などで、住み込みで働くアルバイトのことだ。就業期間は、GWや夏休みといった短期間から数か月に及ぶものまで様々だが、基本的に寮費・食費・光熱費といった生活費がすべて勤務先負担であるため、観光地に身を置きながら、働いた分のお金をほぼそのまま貯金に回すことができる。
衣食住が保証されているうえにお給料も貰えるなんて、いいじゃないかリゾバ。
早速登録した人材サービスで巡り合ったのは、とある遊園地スタッフの求人票。
応募の三日後に内定をいただき、最適解のツーリングルートを急いで組み直す。
このときの自分は予想もしていなかった。全国各地から集まったリゾバの仲間達と共に働いたGWの二週間が、過ぎ去りし青春にも似た賑やかな日々になろうとは。
・・・
人生初リゾバの勤務先は、長野県と群馬県の県境。
標高1,000mを超える高原リゾート地にある、0歳から小学校低学年のお子様向けの可愛らしい遊園地だ。遊園地の公式ウェブサイトに予め目を通せば、掲載写真のポップなアトラクションの数々に思わず、
「△△ジェットコースターにようこそ! いってらっしゃ~い!」
なんて某浦安の有名テーマパークキャストよろしく、完成された笑顔で来園者に手を振るお仕事を想像してしまうものだが、
「注文番号□番のビーフカレーとフライドポテトはまだ!?」
「今揚げたて出すから待って!」
「『油淋鶏の残りが少なくなったら言え』って言っただろ!」
「はいすみません!!」
「『屋台のチュロスが足りない』って無線入ってるけど!?」
「手が離せないの見てわかるでしょ!」
とまあ実際はこんな感じで、アルバイト側に選択権のない采配により飲食部門に配属された自分は、GWを含めた二週間、軽食店舗のバックヤードで叫んだり謝ったりしながらご飯と揚げ物を盛りまくって過ごした。
お渡し口のカウンターの向こうでは親子連れの楽しそうな笑い声が響くなか、厨房は湯気と揚げ物油の匂いと怒号が飛び交っている。マスクで声がくぐもるために皆が声を張り上げ、その様相はまるで居酒屋バイト。案の定配置人員も多くない。
テーマパークスタッフに夢を見ていた悲しき飲食部門メンバは皆ぶつぶつと不満を垂れたが、「俺たちなんか園内にも入れないんすよ」と嘆いた駐車場整理部門の話を聞いて留飲を下げたものである。
閑話休題。この短期リゾバで同日に着任したおよそ三十余名の同期のうち、同じ飲食部門に配属され、さらに同年齢であった戦友のUさんの話をしよう。
UさんはGWの後半より、厨房からポップコーン販売屋台に異動してしまうことになるのだが――異動に至った経緯の詳細は敢えてここには書かないが、彼女の正義感と行動力は唯一無二の素敵な個性だと自分は思っている。
着任レクリエーションの時点で、寮の部屋の電話から異音がするとひとり挙手して早々に「おもしれー女」の頭角を現していたUさんは、普段はTimeeを利用して働く京都在住の女性である。
朝食をしっかり摂る食いしん坊でありながら長身痩躯で、周辺にATMが存在しないことをなぜか派遣元会社から知らされておらず、時々おっちょこちょいなのに確固たる思想があるUさん。五十代の芸術家の彼氏と同居しているUさんは、Uさん自身を「型にはまった働き方が似合わないみたい」と分析してよく笑っていた。
毎朝遅刻しないように、寮前に待ち合わせて一緒に出勤したのはいい思い出だ。
Uさんのみならず、リゾバの現場には本当に多種多様な人間が集まっていた。
飲食部門の面子で言うと、
閉園までの半年間勤めるYさん(34)は当リゾバのリピーター。フィアンセのNさんは元カワサキKSR-1乗り。
同じく彼氏同伴のNちゃん(19)は観光学を専攻する現役大学生で、このリゾバが単位になるとかどうとか。
バイト仲間に気になる人がいるというMさん(25)は元保母さん。六月からは沖縄で三か月のリゾバ予定らしい。
ポニーテールが可愛いHちゃん(22)はリゾバの大先輩でこの遊園地で四か所目。欧州に行く旅の資金を貯金中だ。
眼鏡がトレードマークのKさん(28)は社員のOさんと付き合っているとの噂で、別のKさんが呆れていたっけ。
寡黙なYくん(18)が遊園地リゾバを選んだのは「旅館・ホテルより若い人が多そうだから」。何かごめん。
Tさんは名古屋市中区出身。喪黒福造に似た(?)ノラ猫の保護エピソードは夕食中に聞き入ってしまった。深夜の草津温泉ドライブに誘ってくれてありがとう。
Sさん(34)は今期二人だけのバイク着任者のひとりで、札幌から日本南下の旅をしている真っ最中。キッチンカー販売の経験もあり料理の腕も面倒見もいい男前だ。リアシートにHちゃんを乗せた休日の買い物ツーリングは、後ろから見ていて爽快な絵面だった。
他にも、夏はダイビング・冬はスキーインストラクターで閑職期間にリゾバに訪れているNさん。鳥取ナンバーのキャンピングカーMOBY DICKを夫から借りてはるばるやってきたSさんなど、リゾバ仲間の出身地や職業、働き方や個々の事情は多岐にわたる。
思い返せば、人生で経験する集団生活の中でもっとも多様性に富んでいたのは恐らく小学生のときだ。以降は中学、高校、大学、会社員……と進むにつれてどうしても同じような性質の人間が集まるようになる。似た人間とのコミュニケーションは気楽だけど少し味気ない。その点、リゾバで集まった即席集団は公立小学校の学級に近い。
自分と違う、いろいろな人がいる。いろいろな生き方がある。
もとより一集団への従属を選ばないはぐれ者の集まりだから、
「今夜、寮の部屋ですき焼きパーティーをやるんですよ」(自炊禁止では?)
「離任日には仲良くなった皆と花火をやりたくて買ってきたの」(どこでやるんだ?)
とか、どこぞの部屋からの騒音で眠れないとか、閉館時間に併設ホテルの温泉に入ろうと企んだ集団がいたとか、アイツと同じシフトは嫌だという直談判だとかもそこかしこで頻発していたが、受け入れ側の苦労を無視すれば心から愉快な日々だった。
二週間で仲を深めたUさんは、これまた不思議なことに契約期間が大半のアルバイトより一日長く、先に離任する自分はUさんにお別れを言えないだろうと薄々覚悟していた。だから最終出勤日の夜に、食堂前でばったりとUさんに会えたのは僥倖だったし、Uさんがその場でぼろぼろと泣き出したのには意表を突かれた。
同じくお別れの挨拶ができないだろうことに胸を傷めていたらしいUさんは、安堵したのかリゾバ中二度目の泣き顔で笑ってみせた。自分と同じ、学生のように若くもなければ定職にも就いていない同い年のはぐれ者。飲食部門の仕事はハードだったが終えてみればあっと言う間だった。
「なんかさ、青春だったね。私たち」
Uさんはそう言ってぶんぶんと手を振った。
強制的に寮を追い出されるリゾバ最終日。ようやく馴染んできた制服や名札を慌てて返却し、早朝からどたばたと部屋の掃除を行って、受け入れ先の人事部担当者から離任チェックを受けた。最寄り駅までの送迎バスに乗らないのであればチェックが済んだら随時解散。離任者はめいめいに連絡先を交換したり、互いの帰路の安全を祈りながらお別れをする。
全国各地からやってきて全国各地へ散っていくリゾバの仲間達は、別れ際に「さよなら」とは言わない。
「いつかまた、どこかで!」
これは約束でもなく希望的観測でもない、リゾバでの再会があり得る仲間への挨拶。
強く逞しく、そして自由に軽やかに、我ら見知らぬ土地できっとまた会いましょう。