■2024.5.20-21 @群馬県利根郡みなかみ町
麗らかな晴天にこれ絶好のツーリング日和と浮足立ち、相俣ダムを訪れた。
流木アートとパネル展示と地史書籍が無造作に並べられた資料室で、来館記念スタンプを手帳に押すと、ひょうきんな河童のイラストが刻印された。
ダムに沈んだその地の伝承をまとめた小冊子に目を通せば、確かに河童の伝説が少なくない。自分は普段の読書で困らない程度の妖怪知識は持ち合わせているつもりだし、河童が「食糧事情が厳しい時代に口減らしで行われた嬰児殺し」に端を発するものだとする俗説も知っていた。
しかし、ここに発見した「『河童のお皿』は、川に遺棄されて白骨化した赤子のぷかぷか浮かんだしゃれこうべ」という内容には思わず膝を打った。
……怖すぎる、そして哀しすぎる。短い物語なのに後味の悪さがしばらく消えなかった。
三国街道をしばらく走り、往時の宿場町の風情を残す須川宿で「石仏巡りスタンプラリー」なるものに無性に心惹かれたものの、時間の都合でぐっと我慢して向かったのは道の駅。
駐車場で雑談を交わした旅行者の老紳士3人組と、めいめいの愛車に乗って別れた後、その日のホテルの駐車場まで縦列でドライブすることになったのには失笑した。まさか目的地が同じだったとはね、と、老紳士3人組も上品に笑ってくれた。
■2024.5.22-23 @群馬県沼田市
群馬から栃木へ抜けるルートに国道120号線を選んだはいいが、それは関東有数の高所峠である金精峠を越える行程だった。全長755mの金精トンネルは国内一の高所トンネルにして冬季は閉鎖される秘境の難所。加えて濃霧も発生しやすく、五月末になって融雪こそしているものの、通行には多少の気合いが必要になる。
会う人皆からあまりに脅されるものだから、若干の臆病風に吹かれた自分は、万全の態勢で峠越えに挑むため、金精峠の40km手前に位置する民泊に2泊することにした。その民泊は屋号に「故郷」を意味する「サライ」の語を冠していたので、老夫婦が営む古民家宿なんて骨休めにお誂え向きだ、なんて都合のいい解釈をしてそこへ向かった。
民泊に到着したのはチェックイン申告時間通りの17:00。
昭和期に雑貨屋だった名残として「弘進ゴム」の吊り看板を下げたその古民家は、利根町大原地区の村社の向かいに建っていた。
ホストである小阪夫妻の奥様・千恵子さんに明るく出迎えられ、有難くも屋根付きの駐車スペースを譲っていただいて、我ながら首尾よくカブを停めると、それを遠巻きに眺めていた白髪の年配男性&ビーグル犬とばっちり目が合った。どちらも良い具合にくたびれていた。千恵子さんが親しげにしている様子から、近隣住民の犬のお散歩タイムに遭遇したのだとひとり納得していると、
「これからアオちゃんの散歩に行くんだけど、貴方も一緒に来る?」
と、年配男性からお誘いを受けてしまった。
またしても初見のワンちゃんの散歩……何だか記憶に新しい。
しかし、人懐こく尻尾を振るビーグルが民泊看板犬のアオちゃんだとして、長身痩躯のこちらのお爺さんは何者なのだろう。立ち居振る舞いを見る限りご主人ではないようだし――それなのに、彼の得体の知れなさにまごつく自分を千恵子さんがにこにこ笑って見送るので、自分は到着早々出会ったばかりの見知らぬ彼らと、夕焼けに染まる里山の田舎道を、二人と一匹横一列に並んで散歩することになった。
国道120号線を少し脇に逸れただけなのに辺りに街灯はなく、しかし延々と広がる田畑のために死角もなかった。眼下に河岸段丘の緩やかな下り傾斜を臨む一本道を往けば、こんにゃく畑の土の匂いが鼻腔をくすぐった。
何度もスピードアップを要求するアオちゃんを頑なに無視して歩く年配男性は「小野」と名乗り、道すがらマイペースに自己紹介をしてくれた。
小野さんは御年77歳。
難儀なことに、数年前に罹った病気の後遺症で直近の記憶を保持できないのだという。
小野さんは数行では到底語れないような紆余曲折を経て、今は民泊の住み込みスタッフとして働いているが、かつては演劇中毒(発言ママ)のために世界中を飛び回った多感な俳優青年だったらしい。
小野さんが若かりし頃に経験した旅の話は、ハワイでの演劇修行、ビザの期限が切れたことによる逃亡生活を含めてドラマチックで時々アンモラル。だけどそれが田園風景に似合わず刺激的で、自分は不躾にいろいろ質問してしまった。その全てに淀みなく答えてくれる小野さんが、
「今の生活に不満はないけど、それでもたまに、趣味で演劇の脚本を書いてみたりするんだ」
と呟いたのが印象に残っているのは、自らが書き綴った脚本を翌日初見のごとく読みはじめる小野さんを、得も言われぬ切ない姿で想像したからかもしれなかった。
夜は民泊の共有リビングでコンビニ弁当を広げ、小阪夫妻の夕飯のおかずをお裾分けしてもらったりして穏やかなひとときを過ごした。
小阪夫妻はともに75歳超の仲睦まじい高齢夫婦だ。北海道にルーツがあり、眼鏡の奥のまなざしに生真面目な印象を抱かせる主人の一英さんは札幌、少女のような笑い方が可愛らしい千恵子さんは帯広出身。民泊は、田舎暮らしへの憧れが高じ、公務員退職後に古民家を購入して始めたもので、開業してからかれこれ5年になるという。
それから小阪夫妻は、いずれ北上して北海道を訪れるかもしれない自分のために、Youtubeで観光スポットのまとめ動画を検索してテレビに写してくれた。
慣れた様子でリモコンに喋りかけ、音声入力を使いこなす小阪夫妻の姿は年齢を感じさせず自分は大いに感服したが、やがて解散する際に、一英さんが片足を引き摺って移動する光景もまた鮮烈に目に焼き付いた。
一英さんは小野さんと同じく過去に大病を患っており、そのときに麻痺した片足のリハビリ中だった。ゆっくり歩を進める一英さんと、先回りして障害物を除ける千恵子さんがいじらしくて掛ける言葉を見失う。テレビ台に積まれた『脳卒中 片マヒのリハビリ』関連書籍と、カレンダーのほぼ全日に蛍光マーカーで塗られた「通所リハ/訪問リハ」の予定が、朗らかな老夫婦の静かな戦いを物語っていた。
ちなみに、この日の夜は20:30就寝。そして皆朝5:30には起床しているのだから、民泊サライの方々が押し並べてお年を召されているのは生活リズムに自明であった。深夜作業が何ら苦ではない超夜型の自分も今日だけは、郷に従って少しだけ早く消灯した。
翌日は、夕方から付近の日帰り温泉施設に赴くつもりで、日中は民泊の部屋に籠っていた。
ガラス窓の向こうから聞こえる、近隣住民の時に愉快で時に物騒なお喋りをBGMにテキストファイルと睨めっこし続け、民泊サライの玄関を出たのは日も傾き始めた16:00過ぎ。
そのときだ、千恵子さんに呼び止められたのは。
「□□(自分の下の名前だ)ちゃん、やっと起きたのね!
実は私の同郷の友人に□□ちゃんと同じ苗字の学者さんがいてね。近所にある私たちの別荘に住んでるの。今朝畑で会って□□ちゃんの話をしたら『僕も北海道の話をしてあげるのに』って言うのよ。折角だしお話どうかしら、今なら彼も家にいると思うのだけど」
藪から棒な話に自分は呆気にとられたが、にこにこと話す千恵子さんの純粋な善意と、件の学者の得体の知れなさに好奇心を揺さぶられ、二つ返事で了承した。
千恵子さんが運転する車の助手席に座り、成り行きに身をゆだねること数分。
間もなく、△△(自分と同じ苗字だ)先生が住むという小阪夫婦の別荘に到着した。場所は群馬県道277号線が貫く老神温泉郷の外れで、千恵子さん曰く、その別荘は一棟貸しの民泊を始めるために購入した家であったが「お父さんが病気をしてしまったから同級生のヒデちゃんに貸している」ものらしかった。
ヒデちゃんの情報が圧倒的に足りていないことで急に気弱になる自分を余所に、千恵子さんは別荘のインターホンを押し、ドアをノックし、当然のように玄関が施錠されていないことを確かめて屋内を覗いた。ややあって奥から現れた75歳男性・元大学教授のやにわに驚いた表情を見て――自分はそのとき初めて、ちゃんとしたアポも取らず他人宅へ押し掛けた事実を自覚したのだった。
>④へ続く