切り紙師との出会い②

 紙切り遊び人のはなちゃんが登壇するイベントの会場は、那須まちづくり広場からカブで10分圏内、那須高原のキャンプ場内にある森に囲まれたカフェだった。
 まったく想定外の寄り道だがこれも何かの縁だろう。
 イベントは14時開始と伺ったため、自分は午前中に野暮用を済ませてから件のカフェを覗いてみることにした。

 牧場や農場が多く、皇室の御用邸まで存在するビッグスケールな那須の土地柄、広大なトウモロコシ畑を横目に直線の県道をとことこと走れば、目的地周辺の路肩には複数の車が縦列で停まっていた。駐車場に入りきらないほどの盛況っぷりを想像した自分はわずかに怖じ気づき、一方で、それだけ大規模なイベントなら自分が端っこで観覧していても問題ないだろう、と少しの安堵も抱きつつ敷地内に足を踏み入れた。
 旅人は、常に部外者であり余所者であることを失念してはならない。
 気の置けない仲間内のアットホームな集まりだったらすぐに退散しよう。
 そう思って人だかりのする方へ進んでいくと、テントサイトの木の舞台の手前で、参加者署名と会費100円を求められた。
 ……どうやら来る者拒まれず、そして容易に去り難い空間に来てしまったようだった。

 森のカフェにて月一回の頻度で催されている『森であそぼう』イベントは、カフェのオーナーや近隣の有志によって昨年度から自主開催されているもののようだった。
 敷地内のすべり台や木製ブランコで遊ぶご家族は互いに顔見知りのように見えたが、飛び入り参加も歓迎のスタイルで、自分は25番目の外部ゲストとして受付で署名した。
 舞台の上ではすでに、赤い帽子を被った有志スタッフがギターやカホンを演奏し、手の平に絵の具を塗ったこどもたちは、白い布にペタペタと手形を押してイベントフラッグを作っていた。敷地内を犬が自由に散歩し、木陰には似顔絵作家やタロット占い師のブースなんかもある。そしてなんと当イベントではデザート付きの昼食が用意されているらしく、バックヤードには大量の紙皿が並べられ配膳準備がなされていた。

 カフェの端っこでそんな様子を眺めていると、森に溶け込むような若草色のベストと赤い帽子を被ったはなちゃんに出会えた。
「あら来てくれたのね。ありがとう!」
 はなちゃんはそう言うや否や、面識のある他のスタッフに自分を紹介してくれた。
 皆が「そうか、はなちゃんの友達か」とすんなりと受け入れてくれるものだから、参加者の懐の広さとはなちゃんの知名度に救われる。

「昨日お宿で会って友達になったばかりのお嬢さんよ。バイクで旅をしているんですって」

 昨晩Cさんと呼ばれて以降名乗っていないため当然なのだが、はなちゃんがそんな風にふわっと紹介するものだから、自分も問われたときのみ名前を告げることにした。所詮行きずりの来訪者なのでそんな距離間で一向に構わなかった。
 同じく遠巻きにイベントを観察していた二人の女性と話してみれば、彼女らは那須町こども未来課の職員であり、
「こどもが楽しめるようなイベントをやっていると聞いて、見に来てみたんです」
 職務としての視察の意図もあろうが、休日にも地域のこどもたちのことを考えている立派な公務員の二人はそう話し、やがて舞台上の演奏隊に沢口健司の曲をリクエストし始めた。

 イベントの主催者と思われる女性もはなちゃんに似て明るいオーラを放つ人物で、彼女も、他のスタッフから又聞きするうちに歪んでいった情報をもとに「会津からバイクで来たんだって?」と声を掛けてくれたが、出身は『愛知』で『会津』はこれから向かうのだと話すと、
「『愛知』で『会津』じゃ全然違うじゃないの、ねえ、あははは!」
 周囲も巻き込んで豪快に笑い、パワフルな手の平で背中をばしばし叩いてくれた。
 他にも、お料理係の小さなパン屋さん、イベント撮影係の女性カメラマン、何でも相談係として参加している元小学校養護教諭など、さまざまな経歴を持つ人生の先輩方と話すことができた。聞けば、皆示し合わせたように定年退職直前で仕事を離れ、自らが望むパン作り・カメラ・家族との時間に注力し始めたらしい。
 元養護教諭の先生は、勤続X年で早々に退職して旅に出た自分に、

「何かの雑誌で読んだのだけど、『やりたい気持ちには“旬”がある』のですって。若いときにやりたいことを我慢していた人が、老後にそれを叶えても物足りなく感じることがあるそうよ。気力と体力に溢れていた若い時分に見た夢は、年を重ねて老いてから容易に再現できるものではないものね。だから『やりたい』と感じた今その瞬間、“旬”の時期にそれを実行できるのは――とても素敵なことだわ」

 そう言って優しく背中を押してくれた。
 人生の先輩方は「何かあったら力になるよ」と連絡先をチラシの裏に書いてくれたが、それが住所氏名と電話番号であったので自分は呆気にとられた。教えられるのはSNSのアカウント等だと踏んでいた若年世代にとって個人情報の塊は若干荷が重く、それでいて、彼女らには全幅の信頼を寄せていいような人肌距離のあたたかさを感じた。

 参加者全員で手を合わせる昼食のあと、こどもたちと歌を歌い、キャンプファイヤーでマシュマロ串を焼いた。恐れながら集合写真の末席にも加えていただいた。
 一方はなちゃんはと言えば、紙芝居を披露した後、体調が優れないということで閉会前にゲストハウスへ帰ってしまっていた。疲労か熱中症か。午前中は道の駅伊王野で推しのモノマネ芸人の公演を屋外最前列で応援し、そこで出会った風船パフォーマーに『森であそぼう』イベントに参加するこどもたちに贈りたいから、という理由でバルーンアートをねだる怒涛の半日を経て、本業の紙芝居を終えたはなちゃんの忙しさは他の追随を許さない。
 ……というか、昨晩の出来事が影響しているのではないだろうか。
 自分はにわかに心配になって、だけどはなちゃんが休んでいる『さいかち』の部屋を不躾にノックするわけにもいかず、一人で悶々と夕食をとった。

 はなちゃんの無事を知ったのはゲストハウスの管理人が帰宅する午後8時になるころで、
「……せっかく各部屋に木の名前を付けているのに、結構どんな木かわからない人って多いと思うのよ。私の部屋の『さいかち』もそうだけど、『ゆずりは』に泊まっているお嬢さんもわからないって。部屋のドアに木の写真でも貼ってみたらどうかしら管理人さん」
 共有スペースから聞こえてくる弾丸トークは夜の館内に大いに響いたが、自分はほっと胸を撫でおろして明朝の出立準備を始めた。
 就寝前に、『さいかち』の部屋のドア下の隙間に一枚の紙を差し入れて。

 翌朝、自室の床の上の見慣れた位置に、新しいPP袋を発見した。
 PP袋の表側にはなちゃんの名刺とドア下文通のお礼の小紙が、袋の裏側にはクワガタムシの切り紙とともに今後の旅の無事を祈るメッセージが書かれていた。
 また夜遅くまで紙を切ってくれていたのか。
 Cさんこと『ゆずりは』部屋の自分だけのために。
 最後までお互いに本名を名乗らず、はなちゃん‐Cさんという関係で過ごした2日間。
 付かず離れず、来る者拒まず去る者追わず、大勢を楽しませてさらりと別れていく旅芸人に似たはなちゃんの有り様は、まだ旅を始めて2か月あまりの自分には随分格好よく映った。

 今、やりたいことをするために――
 那須まちづくり広場で理想の生活環境を築いている人たちのように。
 森のカフェでイベントを主催して皆で楽しんでいる人たちのように。
 ただやりたいと祈るだけでなく、切った紙を開くように手と目を開き、“旬”の今こそ前進したい。昨日出会ったものを大切にしながら今日を摘み、自ら動いていかなくちゃ。そんな希望を一言で表すなら『「一期一会」を大切にGO!!(笑)』なのだ、きっと。
 自分はPP袋を手帳に挟んでチェックアウトし、遊行柳と殺生石を観て、国道4号線が北上するままに栃木県を後にした。

・・・

 メッセージカードに裏面があったのに気づいたのは福島県に入って3日後である。
 汚したくなくてPP袋に入れたままだったから、見えていない部分にも記載があったことに気が付かなかったのだ。
 出会った人に贈る言葉としてこれ以上の評価を自分はまだ知らない。
 真正面から受け取るにはあまりに畏れ多く、お世辞だと苦笑するしかないけれど。
 
 もしこの先、旅の行先ではなく、人として目指す所を問われる機会があるとしたら。
「あなたに出会えてよかった」と言われるような、そういう人に、わたしはなりたい。